命名の魂胆 |
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2008-11-27 Thu 00:00
![]() むかし むかし 富山藩は現在の富山県のほんの一部のとても小さくて貧乏な藩でありました・・・ 初代藩主・前田利次はその頃どの藩もそうであったように農業で藩を豊かにしようとしたが、神通川(じんづうがわ)常願寺川(じょうがんじがわ)の氾濫でしばしば農地は失われた。 そして、進歩的な考え方を持つ二代藩主・正甫(まさとし)は商業を興すことで藩を豊かにしようと考えた。 (↓参考文献…!?) ![]() 前田正甫公はクスリに大変興味を持ち自ら研究もしていた。 ある日正甫公が腹痛を起こしたとき、家来の一人から備前の万代常閑(もずじょうかん)という医者が作ったクスリをもらって飲んだところ今までに飲んだどの薬よりもよく効いた。研究熱心だった正甫公はさっそく備前から万代常閑を招き製法を学び、富山の町に住む薬種商・松井屋源右衛門にその製造を命じたのであった。 江戸時代の代表的な富山のクスリ 越中反魂丹(はんごんたん)の誕生である・・・。 ![]() 元禄3年江戸城でとある大名が腹痛を起こしたとき、そこに居合わせた正甫公が反魂丹を与えたところたちまち痛みは治まり、諸国の殿様方にも評判となり、将軍にも献上するようになった。 越中反魂丹は評判となり、正甫公はクスリを富山の中心産業にして貧しく小さな藩を豊かにしようと考えた。 正甫公は大変優れた殿様であり、当時の殿様方が、領地に農民を縛りつけ、農業で藩を豊かにすることばかり考えていた時代に『他領商売勝手』といって、藩の外へ出て自由に商売することを領民に許した。そして、藩の名誉を傷つけない優れた人材を選び出し、薬の販売に全国へ旅出させたのであった。 ・・・これが300年の歴史を有する富山県の配置家庭薬販売業の始まりである・・・・。 さて、近代富山のお菓子屋さんがこの反魂丹の歴史を踏まえて美味しいお菓子を考案した。 それが 甘金丹(かんこんたん) である。 ![]() 一個115円 贈答用は箱に入っているが、ばら売りのを買ってきました…。 ![]() カスタードクリーム入りです・・・。 ![]() ・・・・・・・・・ ・・・・ 甘金タンってちょうどよくない!? ![]() 守護鳥ななごん登場・・・なんとでも言ってくれい・・・。 ![]() 命名とその意味・・・。 ![]() 富山弁で自己紹介・・・。 ![]() ↓魂胆 ![]() ↓バカボンのパパ風にセリフを読もう! ![]() ほんとにいいのか? ![]() |
この記事のコメント |
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ママさん、めっちゃめちゃご無沙汰しております〜〜〜
雪降ったり、寒い毎日ですが我が家のオカメだけは春が来ています(-_-;)婿さんもらわないと駄目かしら??? その前にママさん家、増えてますね〜〜〜。 甘金タンちゃん、もしかして私も会ってるかもしれません。 賑やかでよかよかです(笑) また見にきますね〜〜〜。とりあえず生息してることをお伝えしたかっただけ(笑) (ママさんちの前はバイクなどで通ってるんですけどね) 大和に来た時はお待ちしております〜〜〜。 >ぺぺさん
忙しそうですね。これからがかきいれどきかな? 大地さん相変わらずなんですね。 お店では「ワッキー」と呼ばれていたようですよ。 でも、店員さんたちは下嘴が伸びすぎていることにはきづいていらっしゃらなかったようです。 近いのになかなか行けなくてごめんね・・・。 『理由』ができたときはいくんだけどね・・・。 そのうち行くね。 |
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